パワハラの録音は、音声のままでは動きません。裁判で音声を証拠として提出するときは、文字に起こした「反訳書(はんやくしょ)」も一緒に出すのが一般的で、その反訳書には忠実に起こす「正確性」と、全体を起こす「網羅性」が求められます。労働局の相談窓口でも、最初に整理を求められるのは音声そのものではなく「いつ・どこで・誰が・何を言ったか」です。次にやるべきなのは、もっと録ることではなく、すでにある録音を読める形に落とすことです。
録音は取れた。スマホの中に、20時間分ある。——ここから先で止まってしまう人がとても多いです。
この記事では、その作業だけを扱います。合法かどうか・証拠として通るかどうかの判断はしません(できません)。そこは専門家の領域なので、後述の公的窓口に回してください。

この記事が扱う範囲と、扱わない範囲
はっきりさせておきます。
扱わないこと:
- あなたのケースが法的にパワハラに当たるかどうかの判断
- その録音に証拠能力があるかどうかの判断
- 相手に気づかれずに録音する方法
扱うこと:
- 厚生労働省が公表している定義と、相談時に整理すべき項目
- 音声を「反訳書」にするときに求められる条件
- 長時間の録音を現実的な手間で文書化する手順
法的な判断が要る段階になったら、公的な窓口があります。厚生労働省は相談機関として「総合労働相談コーナー」(各都道府県労働局)と「法テラス(日本司法支援センター)」を案内しています。どちらも無料で相談できます。
まず、厚労省の定義で自分のケースを照らす
「これはパワハラなのか、ただ厳しいだけなのか」——ここが曖昧なままだと、何を整理すればいいかも決まりません。
厚生労働省の「あかるい職場応援団」は、職場のパワーハラスメントを次の3要素すべてを満たすものと定義しています。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団「パワーハラスメントとは」)
同じページは、代表的な言動として6つの類型を挙げています。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 身体的な攻撃 | 蹴る、殴るなど体に危害を加える |
| 精神的な攻撃 | 脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言 |
| 人間関係からの切り離し | 隔離、仲間外し、無視 |
| 過大な要求 | 明らかに不要な業務や遂行不可能な業務の強制 |
| 過小な要求 | 合理性なく能力とかけ離れた低い仕事を命じる、仕事を与えない |
| 個の侵害 | 私的なことへの過度な立ち入り |
厚労省は「これらの例は限定列挙ではありません」とも明記しています。当てはまらないから諦める、という読み方をする表ではありません。
なお、これは珍しい相談ではありません。厚生労働省の「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、総合労働相談件数は120万1,881件で5年連続120万件超、そのうち民事上の個別労働関係紛争の相談で「いじめ・嫌がらせ」は54,987件(前年度比8.5%減)と13年連続で最多でした(出典:厚生労働省 報道発表)。
録音そのものの適法性は、どう整理されているか
「黙って録っていいのか」は当然出てくる疑問なので、公開されている整理を紹介します。ここは私たちの見解ではなく、弁護士監修の解説からの引用です。
弁護士監修の解説記事は、自分が参加している会話の秘密録音について、次のように整理しています。
録音すること自体は違法ではないため、原則として秘密録音に問題はありません
同記事は、相手が明確に録音を拒否した場合などは違法性を問われる可能性があるとしつつ、それは民事上の問題であり証拠能力が失われることはない、とも述べています(出典:ベンナビ「相手に許可のない録音・盗撮は違法?」、監修:新橋虎ノ門法律事務所 武山茂樹弁護士)。
ただし、これはあくまで一般論です。あなたの状況に当てはまるかは、上記の窓口で確認してください。
そして、適法だからといって何をしてもいいわけではありません。同記事は、録音データを第三者に漏らすことでプライバシー侵害になり得る点も注意点として挙げています。録音をSNSに投稿する、匿名で相手の職場に送りつける——これは別の問題を作るだけです。
この記事では、相手に気づかれずに録音する手順は扱いません。iPhoneの標準機能を使った録音の手順とその注意点はiPhoneで通話を録音する方法にまとめています。
実務の壁:音声だけでは足りず「反訳書」が要る
ここが、多くの人が知らずに時間を溶かすポイントです。
文字起こしサービスを運営する WITH TEAM の解説記事は、裁判での証拠提出について、こう説明しています。
裁判で音声を証拠として提出する場合、多くの場合、音声を文字に起こした「反訳書」も一緒に提出する必要があります。
理由として、音声全体を聞くのは時間がかかること、一部だけを切り取ると前後の文脈が分からず誤解が生じることを挙げています(出典:WITH TEAM「パワハラ・いじめ対策 おすすめボイスレコーダー6選と証拠録音の方法やコツ」)。
同記事は、反訳書に求められるものを2つ挙げています。
反訳書は音声を忠実に文字起こしする「正確性」と音声全体を文字起こしする「網羅性」が必要です。
2つ目が効いてきます。「一番ひどい30秒だけ」を切り出したテキストでは、前後の流れが分からず判断材料にならない可能性があると同記事は指摘しています。つまり、20時間の録音があるなら、20時間分を文字にするという話になります。
同記事はさらに、「証拠能力がある」ことと「有力な証拠である」ことは別だとして、相槌だけのやり取り、意図的に相手を怒らせた録音、一部だけを切り取った録音を、弱くなりやすい例として挙げています。
ここで多くの人が外注を検討して、金額を見て手が止まります。人手による文字起こしの外注は時間単価で積み上がる料金体系が一般的で、録音が長いほど総額が大きくなります。実勢の相場は文字起こしの外注料金はいくら?にまとめています。
相談窓口に持っていく5項目
厚生労働省の相談窓口案内ページは、総合労働相談コーナーを利用する際、事実関係を整理しやすいよう次を持参するとよいとしています。
ハラスメントだと感じたことが起こった日時/どこで起こったのか/どのようなことを言われたのか、強要されたのか/誰に言われたのか、強要されたのか/そのとき、誰がみていたか
(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団「相談窓口のご案内」)
この5項目を、録音から機械的に埋められる形にしたのが下の表です。

| 厚労省が挙げる項目 | 録音から取れるもの | 必要な処理 |
|---|---|---|
| 起こった日時 | 録音ファイルの日付+発言の経過時間 | タイムコード付きの書き出し |
| どこで起こったのか | 会話中の手がかり(会議室名など) | 全文の文字起こし+検索 |
| 何を言われたのか | 発言そのもの | 忠実な文字起こし(素起こし) |
| 誰に言われたのか | 話者ごとの区別 | 話者分離 |
| 誰がみていたか | 同席者の発言・呼びかけ | 話者分離+全文検索 |
右の列を見ると、必要な処理が3つに集約されるのが分かります。全文を、話者を分けて、時間情報つきで文字にする。それだけです。
録音を「持っていける文書」にする手順
ここからは、私が運営している Subanana での手順です。同じことは他のツールでもできるので、使い慣れたものがあればそれで構いません。大事なのは出来上がる文書の形です。
1. 音声ファイルをアップロードする
スマホのボイスメモやICレコーダーの音声をそのまま入れます。1ファイルあたり最大30 GB・8時間まで対応しています。8時間を超える録音は分割が必要です。長い録音ほど処理時間が気になりますが、1時間の音声で中央値4.9分が2026年7月時点の目安です(処理速度の数値)。
2. 文字起こしモードを選び、話者数を指定する
話者分離を効かせると、誰の発言かがラベルで分かれます。上の表の「誰に言われたのか」「誰がみていたか」がここで埋まります。人数を指定できる場合は指定したほうが精度が安定します。
3. 用語集に固有名詞を登録する
人名・部署名・社内用語は誤変換されやすい部分です。用語集に登録しておくと表記が揃います。相談書類で人名が揺れているのは、単純に読み手の負担になります。
4. 仕上げレベルは素起こし寄りにする
ここは注意点です。読みやすさのために言い淀みを削る処理は、日常の議事録には向きますが、反訳書として使うなら忠実さを優先すべきです。素起こし・ケバ取り・整文の違いと、AIでどこまで自動化できるかは別記事で整理しています。読みやすく整えた版と、忠実な版の両方を残しておくのが安全です。
5. 書き出す
有料プランでは SRT・VTT・TXT・DOCX・XLSX・Markdown で書き出せます。用途で分けるとこうなります。
- Word(DOCX) — 相談窓口や弁護士に渡す読み物として
- SRT / VTT — 各発言にタイムコードが付くので、「音声の何分何秒の発言か」を示したいとき
- Excel(XLSX) — 発言を行単位で並べ、日付や場所のメモを足したいとき
無料プランでは書き出しができません。各ファイルの最初の15分だけプレビューできるので、まず短い1本で精度だけ確かめてから判断してください。
やってはいけない4つ
引用した各出典が共通して警告している点をまとめます。
- SNSや匿名の郵送で公開しない。プライバシー侵害・名誉毀損という別の問題を作ります(ベンナビ)。
- 一部だけを切り取らない。前後の文脈が分からないテキストは証拠として弱くなりやすいと指摘されています(WITH TEAM)。
- 相手を挑発して発言を引き出さない。意図的に怒らせた録音は弱い例として挙げられています(WITH TEAM)。
- 「録音しないでほしい」と明確に言われた後も録り続けない。違法性を問われる可能性が指摘されています(ベンナビ)。
よくある質問
パワハラの録音は証拠になりますか?
その判断は弁護士や労働局が行うもので、この記事では判断できません。ただし実務上は、音声だけでなく文字に起こした反訳書を一緒に出すのが一般的で、その反訳書には忠実さと網羅性が求められます。まず全文を文字にしておくことが、どの窓口に行くにしても前提になります。
パワハラを録音したらバレますか?
相手に気づかれずに録音する方法は、この記事では扱いません。録音機器や置き方のテクニックを追うより、すでに手元にある録音を整理するほうが、相談窓口では確実に前に進みます。録音の可否や方法に不安がある場合は、録り方を工夫する前に総合労働相談コーナーに相談してください。
パワハラを黙って録音してもいいですか?
弁護士監修の解説では、自分が参加している会話の秘密録音について「録音すること自体は違法ではない」と整理されています(出典)。ただし相手が明確に拒否した場合など例外があるとされ、勤務先の就業規則や契約で制限されていることもあります。個別の判断は専門家に確認してください。
20時間分の録音があります。全部文字にする必要がありますか?
WITH TEAM の解説は、反訳書には音声全体を文字起こしする網羅性が必要だとしています。全部を人手で起こすと外注費も時間も現実的でなくなるため、AIで全文の下地を作り、重要な箇所だけ人が聞き直して直す進め方が現実的です。
まとめ
録音が手元にある時点で、いちばん重い作業は終わっています。残っているのは「読める形にする」ことだけです。
- 厚労省の定義(3要素・6類型)で自分のケースを照らす
- 法的な判断は総合労働相談コーナーや法テラスに回す
- 音声は反訳書とセットで意味を持つ。忠実さと網羅性が要る
- 全文を、話者を分けて、時間情報つきで文字にする
- 相談窓口に持っていく5項目の形に整える
そこまで作ってから相談に行くと、話が具体的なところから始まります。